まさにジャンク 鯉 (誠一三上) 忍者ブログ
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誰もいなくなった教室に、ヒーターのからからという甲高い音がいっそう大きく響いている。三上は窓辺に向き直ると、窓にもたれるようにして階下を覗き込んだ。寒い。うすっぺらいガラスは、じかに外気を伝えてくるようだった。まだ降り始めの粉雪は、地面につくとその瞬間に溶けて消えていく。ちょうど眼下に広がる小さな池に舞い落ちる雪を見下ろしながら、三上は無意識にその場所を目で追った。


あの鯉は、もう土に還ったのだろうか。

 
唐突に脳裏に蘇った鮮やかな赤と純白のコントラストが、窓を開けようとした三上の手を静かに凍りつかせた。耳に響く静寂が、シャツの下で震える心臓をゆっくりと絞っていくような感覚を覚えて、三上は息をつめた。
見渡す限り真っ白な雪景色、と、凍りついた池、割れた氷、その傍らで立ち尽くす彼の姿、手の中で苦しそうに身悶える錦鯉、それから雪の上に散らばる赤い染み、血、心臓の音。
頭が、われそうなほどの耳鳴りがした。


そうだ、あの日鯉は、死んだ。


藤代誠一という人は、どこか冷たいところのある人間だった。誰に対してもまるで見下したような態度で接し、そのくせ容易に反感を買わなかったのは、彼がそういう人間だったからだ。彼は、一言で言えば、カリスマの権化のような人間だった。唯一無二にして侵すべからず存在。その感情は憧れというよりも、むしろ信仰に近かった。
だから、彼に人並みの感情があるなんていうことを、想像したこともなかったのだ。池のほとりで、まるで自分の子供を眺めるように愛しそうに目を細めて鯉を見下ろす彼を見る、その時までは。思いもしなかった。

その池には、鯉は一匹しかいなかった。白地に赤い模様がついた、目を奪われるような美しい鯉だった。誠一の話によると、つい最近までは7匹ほどいたらしい。それらはどこにいったのか不思議に思わないでもなかったが、思っただけでやめた。そんなことを聞いても、どうしようもないことだった。第一、
「こいつが、一番かわいくてね」
楽しそうに笑う誠一の言葉で、他の7匹の運命はかすかに想像できた。


ひどい雪の日だった。
朝目覚めて早々妙な胸騒ぎがした。恐る恐るその場所にいってみれば、池のそばに立ち尽くす誠一がいて、その背中に声をかけようとして凍りついた。違和感は、すぐにイメージとなって広がった。
昨夜から降り続けた雪はモノというモノを真っ白に染め、まるで世界は白と黒のモノクロになってしまったようだった。けれどその中で、誠一の手の中に握られている鯉の赤色と、そこから滴る赤い鮮血が、強烈なコントラストをなしていた。思わず息を呑んで立ちすくんだその向こうで、誠一が緩々と頭をあげた。

「三上」
「…、はい」
どうしたんですか、と喉にでかかった言葉を押し込めて三上はかすれる声で返事をした。鯉が、誠一の手から逃れようと必死に体をばたつかせている。けれど誠一は微動だにしない。三上はその鯉の体から流れる赤い液体に、目が奪われて離せないでいる。
「殺すなら、餌をたくさんやって食いすぎて死なせてやりたかったんだ」
誠一の震える声を、初めて聞いた気がした。彼の声はいつだって強かったし、またそうでなくてはならなかった。三上は雪の上に散らばった真っ赤な血液が作り出す模様を凝視しながら、立ち尽くす。
「病気になって死ぬくらいだったら、俺が殺してあげようとそう、思っ、て、」
誠一は、常にないほどに饒舌だった。三上はひどい唇の乾きを覚えて何度も唇を舌で濡らした。
「…けど、血が綺麗だったから…、」
鯉は誠一の手の中で儚く震えた。慎重に同意を示すように頷き返すと、彼はひどく扇情的に顔を歪めた。次の瞬間、誠一の手からまるで命がぬけたようにはらりと鯉が地面にすべり落ち、そしてその同じ手が三上の肩を抱き寄せていた。生臭い匂いが、唐突に鼻腔を満たす。三上が状況を判断するよりも数コンマ先に、誠一の舌が呆けたように半開きになっていた三上の唇を割った。不意に口内に広がった鉄の味に、反射的に咳き込みそうになって、けれど強引に息をとめた。血が混ざった液体が、喉を流れていく。
まるで失ってしまった何かを拭い取るように、誠一の舌が口内を執拗に舐め尽す。三上は酸素が行き渡らず朦朧とし始めた頭の向こうで、雪上に落下した鯉が、静かに、ゆっくりと、息絶えていく音を聞いた。


その日、鯉は死んだ。

 

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