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たまたま部屋の前通りかかったらさ、ドア開けっぴろげてお前が寝てるのが見えたから、起こそうとして。でもお前があんまり気持ち良さそうに寝てるじゃん。ギリギリまでいっかって、まってたんだ。お前が寝坊したら、なんとなく罪悪感じゃん。俺が起こさなかったから、って思うだろ?
ほら、言い訳は完璧だ。
あとは自然な調子でそう言って、お前が突然起き上がるからびびったんだ、って笑えばいいんだ。そうすれば、俺は馬鹿みたいに悩むこともなく、わだかまりも綺麗さっぱり、普段どおりの調子で接することができる。
できる、のに。
そんな単純なことなのに。
お前が何も聞いてこないから、あのときなんで部屋にいたのかって聞いてこないから、俺は言い訳ひとつできなくて、あれから何日たった今もひとりでぐるぐるしてる。何でもないふりをしたいのに、あのときお前がいった「ごめんね」が何故だか心にひっかかって、どうしていいかわからなくなる。
なあ、お前一体何考えてんの。
自販機の前で真剣に悩んでいる背中を、じっと睨んだ。制服のシャツ一枚ではそろそろ寒くなってきて、カーディガンを着ている藤代を少しだけ羨ましく思った。
「早く選べよ」
一向に押されないボタンにしびれを切らして、ため息まじりで背後から声をかけた。
「あれっ、三上先輩!?」
藤代の顔が完全に振り向くその前に、点滅したボタンのひとつにさっと手を伸ばした。ガコン、というペットボトルが落下する音が響くのと、振り向いた藤代と視線があったのは同時だった。ちょっとだけ得意げに笑って、取り出し口からペットボトルを取り出す。
「悪いな」
「…えっ?えーーーー!?ひどい!なんで爽健美茶なんすか!」
「お前選ぶの時間かかりすぎなんだよ。何飲むの?」
そこかよ、と言って笑った。
ペットボトルの蓋をねじって、そのまま一気に乾いた喉をごくごくと潤す。今の時期には自動販売機の温度は冷たすぎて、どこか違和感がする。
「コーラかジャンジャエール…あ、買ってくれるんすか?」
「いや、聞いただけ。おまえなんでいつもそんな身体に悪そうなやつばっか飲むの」
「先輩こそ、なんでいつもそんなじじくさいやつばっか飲むの?」
「喧嘩売ってんのか」
「だって先輩が俺のコーラとるから!」
「とってねえし、コーラでいいんだな?」
返事を聞く前に、手の中の100円玉を二枚投入口に滑り込ませる。ボタンを押すと、さっきよりも若干くぐもった音をたててコーラが落ちてきた。
「ジンジャエール…」
「はあ!?いらねえの?」
取り出したコーラを、藤代に手渡そうとして途中でとめる。
「いや、いる!いるいる!」
慌てて伸ばしてきた手から逃げようと思ったその瞬間、コンマ1秒早かった藤代の指先が、ペットボトルを掴んでいた手に微かに触れた。
「…っ!」
電流のようだった。冷たいものを握っていたせいで冷たくなった手に、ポケットに突っ込んでいたせいで温かくなった藤代の手が触れる。ほんのわずか、ほんの一瞬。思わず、ぱっと手を離した。ペットボトルが、コンクリートの上に落下する。まだ空けていないプラスチックの容器の内部で、茶色の泡がたつ。藤代が、ぎょっとした顔をする。
そんな光景をまるで他人事のように見ながら、加速する心拍数をどうしていいかわからなくなった。
ほんの一瞬。
「ちょっ、何やってんすか先輩!…先輩?せんぱーい?」
「あっ、あ、ごめん」
慌てて首をふった。藤代が覗き込んでくる。だめだ、と思った。一旦意識してしまったら、なかったことになんてできない。何もかも、過剰に反応してしまう。
ぐっと手のひらを握り締めてから、とってつけたように早口で言った。
「俺、次、移動教室だったわ、じゃあな、また後で!」
「うん?……、あっ、先輩!おつり!」
藤代が背後で何かを言っていたけれど、気にする余裕なんてない。手の中で、半分になった爽健美茶がたぷたぷと揺れている。走った。
ああもう、馬鹿だ俺。どう考えたっておかしいだろ、どう考えたって!
「先輩、おつりっていってんのに、逃げちゃうんだもん」
少し上から落ちてきたお金を、開いた手のひらで受け止める。10円玉が、ちゃりんちゃりんと互いに当たって音をたてた。
部室には、もう2人のほかには誰もいなかった。
これなら早めにあがれば良かったと後悔したのは、部室のドアを開けて藤代を見つけたとき。何のために夕食時間ギリギリまで練習をしていたのかといえば、藤代を避けるためだったのだ。それがまさしく無意味だったことに気づいて、つきたくもないため息をついた。
「部屋に置いとけよ、こんなん」
別にまってなくてもいいのに、というニュアンスで言った言葉は、妙に刺々しい響きになった。手のひらの中の10円玉を、少しだけ迷った挙句そのままジャージのポケットに突っ込んだ。ポケットの中にはいつのものだかわからない紙屑が入っていて、捨てなきゃなあ、とぼんやりと思う。
そのまま部室の出口に行きかけて、なぜだかさっきからひどくおとなしい藤代をちらりと見やる。蛍光灯が切れかけているらしく、2度3度、パチパチと点滅するのがわかった。
なんなんだよ、と思う。
俺が気持ち悪いっていうのなら、はっきりそう言って欲しい。疑問があるなら、早く聞いて欲しい。言い訳なんて、もう腐るくらい準備してある。
小さくため息をついて、ベンチに座る藤代の方に足を向けた。
「ほら、帰るぞ」
「着替えは?」
「帰ったらこのまま風呂はいるから、後でいい」
藤代の正面で立ち止まって、呆れた体で腕を組んだ。
「先輩、手」
藤代が、彼に似合わない小さな、ささやくような声で言った。続きが聞き取れなくて、思わず眉を寄せる。
「は?」
「手、触らせて」
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