×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
othello(おまけ)
始まりはいつだって違う様で、けれどいつだって同じだ。
青空に白線をもくもくと描いていく遠い飛行機を見上げながら、ぼんやりと思った。たとえば、と考える。
たとえば朝目覚めて、天井の剥がれたペンキを見上げながら三度瞬きをする。しばらくまどろんだ後で、ベッドから転がり落ちるようにして起き上がる。最初に目をやるのは窓、その手前の水槽。朝の光を浴びてきらっきらっと輝きを散らすメダカを無意識に目で追いながら、そこでようやくかけられた「おはよう」の声に言葉にならないうなり声を返す。
それは大抵いつだって同じ。
たとえば日光の入り具合や、同室の人間の声の調子、掛け布団の位置にすこしの違いはあれども。
繰り返されてきた日常を、また無意識に繰り返す。むしろ、それは意図的に。
「三上先輩、俺さあ」
突然思考をわって入ってきた藤代の声に、三上は「ん、」と声だけで答える。
「むかし犬を飼っていたんだ。茶色い毛がほわっとしてて、目がくりんとした雑種なんだけど。可愛かったなあ。ワンワン、て呼ぶと体当たりするみたいに突進してくんの。
―――だからもう、俺、犬飼えないんだよね」
最後に少しだけトーンを落とした藤代の言葉に、
「…なんで」
とたいして興味もなさそうな口調で、三上は口を挟んだ。けれど注意力の八割分くらいは、視線を落とした手元のアイスカップに持ってかれている。てゆうかまさかそれ、ワンワンって名前?スプーンですくったアイスを律儀に口の前で止めてから、そう付け足した。藤代はうん、と頷いてから、なんだか急に可笑しくなってくすりと笑った。
「今気づいたけど、なんかパンダみたいな名前だね」
「そんなん言われなきゃわかんねえよ」
そう言って三上が呆れた顔でアイスを飲み込むのを待ってから、そうかな、と藤代は首をかしげた。
ひどくのどかな秋の昼下がりだった。
昼休みの屋上で、隣に藤代がいるということに違和感がない。まるで、これも繰り返されてきた日常のひとつの証拠だとでも言うように。
「で、なんで飼えねえんだよ」
三上は億劫そうに立ち上がりながら、最後の一口を放り込んだ。アイスはすぐに口内の熱でじわっと溶かされて、どろりとした液体になり喉を滑ってゆく。
「え、だって、どんな犬飼っても多分ワンワンと重ねちゃうから」
そういうのって、何か嫌じゃん?
当たり前のようにさらりと言いながら、よっこらしょ、と声をつけて、藤代も立ち上がる。
「お前って…案外繊細なのな」
思わず振り向いて感心したように発してしまった言葉に、「え?」と不思議そうな声が返ってきて、すぐに「なんでもない」と言い直した。そしてそのままごまかすように出口に向かうと、後ろからついてくる足音も確認せずに階段を駆け下りた。
「あ、兄ちゃん」
じゃあな、と廊下で別れようとしたまさにその時だった。不意に藤代が呼んだ名と、向けた視線の先に写った輪郭がきれいに一致して、三上は内心舌打ちをした。
始まりはいつだって違う様で、けれどいつだって同じだ。
青空に白線をもくもくと描いていく遠い飛行機を見上げながら、ぼんやりと思った。たとえば、と考える。
たとえば朝目覚めて、天井の剥がれたペンキを見上げながら三度瞬きをする。しばらくまどろんだ後で、ベッドから転がり落ちるようにして起き上がる。最初に目をやるのは窓、その手前の水槽。朝の光を浴びてきらっきらっと輝きを散らすメダカを無意識に目で追いながら、そこでようやくかけられた「おはよう」の声に言葉にならないうなり声を返す。
それは大抵いつだって同じ。
たとえば日光の入り具合や、同室の人間の声の調子、掛け布団の位置にすこしの違いはあれども。
繰り返されてきた日常を、また無意識に繰り返す。むしろ、それは意図的に。
「三上先輩、俺さあ」
突然思考をわって入ってきた藤代の声に、三上は「ん、」と声だけで答える。
「むかし犬を飼っていたんだ。茶色い毛がほわっとしてて、目がくりんとした雑種なんだけど。可愛かったなあ。ワンワン、て呼ぶと体当たりするみたいに突進してくんの。
―――だからもう、俺、犬飼えないんだよね」
最後に少しだけトーンを落とした藤代の言葉に、
「…なんで」
とたいして興味もなさそうな口調で、三上は口を挟んだ。けれど注意力の八割分くらいは、視線を落とした手元のアイスカップに持ってかれている。てゆうかまさかそれ、ワンワンって名前?スプーンですくったアイスを律儀に口の前で止めてから、そう付け足した。藤代はうん、と頷いてから、なんだか急に可笑しくなってくすりと笑った。
「今気づいたけど、なんかパンダみたいな名前だね」
「そんなん言われなきゃわかんねえよ」
そう言って三上が呆れた顔でアイスを飲み込むのを待ってから、そうかな、と藤代は首をかしげた。
ひどくのどかな秋の昼下がりだった。
昼休みの屋上で、隣に藤代がいるということに違和感がない。まるで、これも繰り返されてきた日常のひとつの証拠だとでも言うように。
「で、なんで飼えねえんだよ」
三上は億劫そうに立ち上がりながら、最後の一口を放り込んだ。アイスはすぐに口内の熱でじわっと溶かされて、どろりとした液体になり喉を滑ってゆく。
「え、だって、どんな犬飼っても多分ワンワンと重ねちゃうから」
そういうのって、何か嫌じゃん?
当たり前のようにさらりと言いながら、よっこらしょ、と声をつけて、藤代も立ち上がる。
「お前って…案外繊細なのな」
思わず振り向いて感心したように発してしまった言葉に、「え?」と不思議そうな声が返ってきて、すぐに「なんでもない」と言い直した。そしてそのままごまかすように出口に向かうと、後ろからついてくる足音も確認せずに階段を駆け下りた。
「あ、兄ちゃん」
じゃあな、と廊下で別れようとしたまさにその時だった。不意に藤代が呼んだ名と、向けた視線の先に写った輪郭がきれいに一致して、三上は内心舌打ちをした。
PR
(藤三前提。三上はJリーガーで、藤代はスペインでもイタリアでもどこでもいいけどそこらへんに行ってて、そしてW杯の1年前くらいだと思ってください)
軽い眩暈を覚えた。何の抑揚もない新聞の印字に、だ。
『三上代表初選出』
スポーツ面の隅っこに載せられた仏頂面の写真を眺めながら、こんなことならせめてもう少し愛想良くしておくんだった、と三上は小さな後悔を心の中で呟いた。
それから大きく伸びをして、ごろんとソファに寝そべる。
背を預けたソファの柔らかな弾力と、誰もいない部屋の静寂がどこか心地よく三上の身体を包んでいた。時刻はとうに午前0時を過ぎている。
知人や友人からの、祝いと銘打った冷やかしの電話やメールがようやくひと段落ついて、はじめて「代表」というその言葉の重みを味わっているところだった。
寝転んだそのまま缶ビールを口に運んで、泡ごとごくりと呑み下す。喜びが身体にしみこむように、じゅわっと爽快な音をたててビールは喉を流れた。
ああ、幸せだ、と脈絡もなしに思う。
そして次の瞬間同じように何の脈絡もなしに頭に浮かんだその人の面影に、三上はあやうくむせ返りそうになる。
形ばかり咳き込みながら、けれどその人間を思い出したときの常の習いで、時計に目をやっていち、にい、さん、と無意識に頭の中で短針を進める。
…あー、こんな時間にあいつ起きてるわけねえな。休日の昼間じゃねえか。
そうして進めた針の指す時間に少しだけがっかりする。けれど時間が時間だったら本当に電話をかけようとしていただろう自分に我に返って、瞬間寒い気持になった。
これじゃあ、ただの浮かれちゃってるしょうもねえ野郎じゃんか。
俺は確かにここ半年くらい代表に選ばれちゃうくらい好調で、だけど、……あいつは…。
先刻床の上に投げやった新聞を手元に引き寄せて、自分の写真の横の記事に目をやる。藤代、というもう何年も付き合ってきた男の名前が、ネガティブな色合いを放つその記事を装飾していた。
一通りその記事を読み直して、遠い空の下、家で一人ぼっちで寝ているであろうその男をまぶたの裏に想像する。勿論、藤代がそうしているという保証はどこにもなくて、それは三上の想像の範囲内でしかないのだけれど。
このままでは代表も危うい、その記事を頭の中で反芻して、三上はチッと舌打ちした。んなわけねえじゃねえか、俺が選ばれて、あいつが漏れるなんて、そんなこと。
それは、ありえないことだ。
こいつらはわかってない、それはあり得ないことなのだ。
怒りを含ませたその言葉を口の中で発したその時、不意にルルルル、という電話の音に似せた電子音が静寂を破った。
唐突の事に思わずびくりと肩をふるわせる。けれどすぐに我に返って引き寄せた携帯電話の、ディスプレイをのぞきこんで再びぎょっとする。
「…なんで、あいつ」
そこに藤代の名前は表示されてはいなかったが、国際電話を意味する通知不可能の文字は、それと同義だった。
…今の俺に、他人のことを構ってる余裕なんてあるのかと言われたら、そりゃ確かにねえよ。例えばこうやって絶妙なタイミングでかかってくる、やつからの電話に出ることを躊躇する辺り、浮かれてる証拠なのかもしんねえけどさ。
そしてさらに例えば、あいつが俺のこのニュースに、落ち込むかもしれないということを考えてるあたり、救いようがねえほどの。
深呼吸ひとつ、耳に押し付けた携帯電話から、間髪入れず藤代の声が飛び込んできた。
「先輩、代表デビュー…じゃないか、初代表選出おめでとうっす!」
「あ、あー、さんきゅ」
まさかいきなりそこから来るとは思わなくて、思わず気おされたままに返事を返す。せめて最初は挨拶とか、と説教をたれそうになって、けれど寸でのところで思いとどまった。
「あれ、なに、浮かないかんじ」
拍子ぬけしたような藤代の声にこっそり笑ってから、三上はわざと呆れたように肩をすくませた。
「選ばれたからって出れるわけじゃねえからな、これからだろ」
「わー相変わらずですねー、そういうところ」
感心したような藤代の声音に、さっきまでの浮かれに浮かれていた自分を思い出して苦い顔になる。
「ん、まあ…、中学の時痛い目見たしな。嫌でも謙虚になるっつの」
言いながら、そうだよな、と自分に言い聞かせるようにうなずいた。
「でも俺好きですよ、そういうなんか先輩のジジくさいとこ」
「ジジ…、てか俺のことはいいよ、お前はどうなんだよ」
「あー、うん、まーまーかな」
「うそつけ、調子いい時のお前が電話してくるわけないだろ」
僅かにトーンが変わった藤代の声に、重ねるように返した。確かに藤代は調子がいいときには電話のひとつもよこさないし、最悪な時には電話にさえでなかった。つまり今こうやって電話をよこすというその事自体、不調な証拠なのだ。
つまりやつにいたっては、音信不通というその事こそ、好調を測るバロメーターだった。
「あ~、…ばれてました?はは」
茶化すような物言いに、大げさなため息をついてみせる。
「はは、じゃねえよ、ったく。お前は俺の憧れなんだから、しっかりしてくれよ」
「……」
「…なに?」
「…ううん、先輩、クサいこというようになったなと思って」
「バカ、俺だって20過ぎれば丸くなるっつの」
「そうかー先輩は俺に憧れてたのかーそうかー」
「藤代」
「はい?」
「死ね」
「ひっど!!どこが丸くなってんですか!」
「うっせえよばーか。まあとりあえず俺様はJリーグ1を誇る正確なキックでもって代表の座を勝ち取りますのでよろしく」
「しかも謙虚にもなってないし!」
「ばあか、貪欲であることは重要なんだよ。それにまあ、今の状況だったらスタメンに入ることは難しいのは確かだし。俺の武器はクロスだけど、FWとの連携がなってないから、結局使えねーんだよな。問題は俺がそんな短期間でチームに溶け込めるはずもないっつーことで。ましてやFWとの連携なんて正直ムリだな」
「先輩…」
「だからお前、早く復帰しろ。藤代、お前だったら俺は心置きなくサッカーができる」
なるたけ傲慢に言い切ってから、
(それから、)
と心の中で付け足す。
(またお前と一緒のフィールドで、サッカーがやりたいんだなんてそんなこと、言えねえけど。それが夢だなんて、言えねえけど、)
「…先輩、口がうまくなりましたね。それで何人女がコロっと」
「アホ…人がせっかく真面目に…」
「うそです、先輩、絶対代表に残っててくださいよ」
「…おう、まかせとけ」
絶対ですよ、と念を押すように繰り返した藤代の声の強さに、三上は思わず笑みをこぼした。
そうだ、お前はそうでないと。
そうじゃないと、俺は、これまで一体何を目指してきたのか、わからなくなってしまうじゃないか。こんなところで挫折するお前を、俺は追ってきたわけじゃねえんだ。
なんてこと、死んでも言えねえけど。
軽い眩暈を覚えた。何の抑揚もない新聞の印字に、だ。
『三上代表初選出』
スポーツ面の隅っこに載せられた仏頂面の写真を眺めながら、こんなことならせめてもう少し愛想良くしておくんだった、と三上は小さな後悔を心の中で呟いた。
それから大きく伸びをして、ごろんとソファに寝そべる。
背を預けたソファの柔らかな弾力と、誰もいない部屋の静寂がどこか心地よく三上の身体を包んでいた。時刻はとうに午前0時を過ぎている。
知人や友人からの、祝いと銘打った冷やかしの電話やメールがようやくひと段落ついて、はじめて「代表」というその言葉の重みを味わっているところだった。
寝転んだそのまま缶ビールを口に運んで、泡ごとごくりと呑み下す。喜びが身体にしみこむように、じゅわっと爽快な音をたててビールは喉を流れた。
ああ、幸せだ、と脈絡もなしに思う。
そして次の瞬間同じように何の脈絡もなしに頭に浮かんだその人の面影に、三上はあやうくむせ返りそうになる。
形ばかり咳き込みながら、けれどその人間を思い出したときの常の習いで、時計に目をやっていち、にい、さん、と無意識に頭の中で短針を進める。
…あー、こんな時間にあいつ起きてるわけねえな。休日の昼間じゃねえか。
そうして進めた針の指す時間に少しだけがっかりする。けれど時間が時間だったら本当に電話をかけようとしていただろう自分に我に返って、瞬間寒い気持になった。
これじゃあ、ただの浮かれちゃってるしょうもねえ野郎じゃんか。
俺は確かにここ半年くらい代表に選ばれちゃうくらい好調で、だけど、……あいつは…。
先刻床の上に投げやった新聞を手元に引き寄せて、自分の写真の横の記事に目をやる。藤代、というもう何年も付き合ってきた男の名前が、ネガティブな色合いを放つその記事を装飾していた。
一通りその記事を読み直して、遠い空の下、家で一人ぼっちで寝ているであろうその男をまぶたの裏に想像する。勿論、藤代がそうしているという保証はどこにもなくて、それは三上の想像の範囲内でしかないのだけれど。
このままでは代表も危うい、その記事を頭の中で反芻して、三上はチッと舌打ちした。んなわけねえじゃねえか、俺が選ばれて、あいつが漏れるなんて、そんなこと。
それは、ありえないことだ。
こいつらはわかってない、それはあり得ないことなのだ。
怒りを含ませたその言葉を口の中で発したその時、不意にルルルル、という電話の音に似せた電子音が静寂を破った。
唐突の事に思わずびくりと肩をふるわせる。けれどすぐに我に返って引き寄せた携帯電話の、ディスプレイをのぞきこんで再びぎょっとする。
「…なんで、あいつ」
そこに藤代の名前は表示されてはいなかったが、国際電話を意味する通知不可能の文字は、それと同義だった。
…今の俺に、他人のことを構ってる余裕なんてあるのかと言われたら、そりゃ確かにねえよ。例えばこうやって絶妙なタイミングでかかってくる、やつからの電話に出ることを躊躇する辺り、浮かれてる証拠なのかもしんねえけどさ。
そしてさらに例えば、あいつが俺のこのニュースに、落ち込むかもしれないということを考えてるあたり、救いようがねえほどの。
深呼吸ひとつ、耳に押し付けた携帯電話から、間髪入れず藤代の声が飛び込んできた。
「先輩、代表デビュー…じゃないか、初代表選出おめでとうっす!」
「あ、あー、さんきゅ」
まさかいきなりそこから来るとは思わなくて、思わず気おされたままに返事を返す。せめて最初は挨拶とか、と説教をたれそうになって、けれど寸でのところで思いとどまった。
「あれ、なに、浮かないかんじ」
拍子ぬけしたような藤代の声にこっそり笑ってから、三上はわざと呆れたように肩をすくませた。
「選ばれたからって出れるわけじゃねえからな、これからだろ」
「わー相変わらずですねー、そういうところ」
感心したような藤代の声音に、さっきまでの浮かれに浮かれていた自分を思い出して苦い顔になる。
「ん、まあ…、中学の時痛い目見たしな。嫌でも謙虚になるっつの」
言いながら、そうだよな、と自分に言い聞かせるようにうなずいた。
「でも俺好きですよ、そういうなんか先輩のジジくさいとこ」
「ジジ…、てか俺のことはいいよ、お前はどうなんだよ」
「あー、うん、まーまーかな」
「うそつけ、調子いい時のお前が電話してくるわけないだろ」
僅かにトーンが変わった藤代の声に、重ねるように返した。確かに藤代は調子がいいときには電話のひとつもよこさないし、最悪な時には電話にさえでなかった。つまり今こうやって電話をよこすというその事自体、不調な証拠なのだ。
つまりやつにいたっては、音信不通というその事こそ、好調を測るバロメーターだった。
「あ~、…ばれてました?はは」
茶化すような物言いに、大げさなため息をついてみせる。
「はは、じゃねえよ、ったく。お前は俺の憧れなんだから、しっかりしてくれよ」
「……」
「…なに?」
「…ううん、先輩、クサいこというようになったなと思って」
「バカ、俺だって20過ぎれば丸くなるっつの」
「そうかー先輩は俺に憧れてたのかーそうかー」
「藤代」
「はい?」
「死ね」
「ひっど!!どこが丸くなってんですか!」
「うっせえよばーか。まあとりあえず俺様はJリーグ1を誇る正確なキックでもって代表の座を勝ち取りますのでよろしく」
「しかも謙虚にもなってないし!」
「ばあか、貪欲であることは重要なんだよ。それにまあ、今の状況だったらスタメンに入ることは難しいのは確かだし。俺の武器はクロスだけど、FWとの連携がなってないから、結局使えねーんだよな。問題は俺がそんな短期間でチームに溶け込めるはずもないっつーことで。ましてやFWとの連携なんて正直ムリだな」
「先輩…」
「だからお前、早く復帰しろ。藤代、お前だったら俺は心置きなくサッカーができる」
なるたけ傲慢に言い切ってから、
(それから、)
と心の中で付け足す。
(またお前と一緒のフィールドで、サッカーがやりたいんだなんてそんなこと、言えねえけど。それが夢だなんて、言えねえけど、)
「…先輩、口がうまくなりましたね。それで何人女がコロっと」
「アホ…人がせっかく真面目に…」
「うそです、先輩、絶対代表に残っててくださいよ」
「…おう、まかせとけ」
絶対ですよ、と念を押すように繰り返した藤代の声の強さに、三上は思わず笑みをこぼした。
そうだ、お前はそうでないと。
そうじゃないと、俺は、これまで一体何を目指してきたのか、わからなくなってしまうじゃないか。こんなところで挫折するお前を、俺は追ってきたわけじゃねえんだ。
なんてこと、死んでも言えねえけど。
記憶は桜の舞い散る渡り廊下から始まる。
それは、高校2年になったばかりの春のことだった。
校舎から体育館につながる渡り廊下。春休み明けの少し浮かれた雰囲気の中で、仲間とふざけあって始業式に向かう道上のことだった。不意に肩をなでるようにするりと誰かが傍らを通り過ぎ、挑発的なその行為に反射的にむっとして三上は顔をあげた。そのまま去って行くであろう背中に暴言を吐こうとして開きかけた口はしかし、あげた目と予想外に絡まった視線に硬直する。相手は立ち去るどころか、振り返って三上をまっすぐに見返していたのだ。
はらはらと舞い散る桜の花びらを背景に、人懐っこい笑みをたたえて立っていたのは一年下の後輩だった。
「…ふじ、しろ」
呟いたつもりの言葉は、けれどただの吐息となって空気中に散らばった。その一瞬何をそんなに動揺していたのか、振り返ってみてもよくわからない。冷静に考えてみれば、当然の事なのだ。三上はこの春2年になり、1年後輩である藤代が高等部に上がり、また校内で顔をあわせることになるということは。ましてやサッカー部の練習ではすでに毎日のように顔をあわせて、いて。考えてみなくても、それはごく自然なことだった。
ただはっきりいえるのは、その瞬間なにか熱情のようなひどく胸を高鳴らせる感情が体の内を駆け抜けていって、その熱さに一瞬翻弄されたのだ。頭蓋骨のずっと奥から響いてくるような、低い耳鳴りがした。
それは、何かの始まりのようだった。いや、もしかしたらただの終わりであったのかもしれないけれど。
「先輩、おまたせ」
「…、」
その時不意に吹き抜けた一陣の風に、一瞬返答につまった三上をあざ笑うように舞い落ちてきた桜が視界をふさいだ。桃色の洪水に3度瞬きをしてようやく開いた視界の向こう、けれど藤代の背中は生徒の群れの中に風塵を残して掻き消えていた。
そうして手元に残ったのは、いつだってつかみ取れない余韻だった。
「…まってねえし」
拗ねるように人垣にむけて呟いた言葉に、傍らの友人が「ん?」と聞き返してきて、三上はなんでもねえ、とはき捨てた。
思えば高校時代の思い出は、そこから始まっている。1年の頃の思い出はまったくといっていい程覚えていないのだから、笑える話だ。
それは、高校2年になったばかりの春のことだった。
校舎から体育館につながる渡り廊下。春休み明けの少し浮かれた雰囲気の中で、仲間とふざけあって始業式に向かう道上のことだった。不意に肩をなでるようにするりと誰かが傍らを通り過ぎ、挑発的なその行為に反射的にむっとして三上は顔をあげた。そのまま去って行くであろう背中に暴言を吐こうとして開きかけた口はしかし、あげた目と予想外に絡まった視線に硬直する。相手は立ち去るどころか、振り返って三上をまっすぐに見返していたのだ。
はらはらと舞い散る桜の花びらを背景に、人懐っこい笑みをたたえて立っていたのは一年下の後輩だった。
「…ふじ、しろ」
呟いたつもりの言葉は、けれどただの吐息となって空気中に散らばった。その一瞬何をそんなに動揺していたのか、振り返ってみてもよくわからない。冷静に考えてみれば、当然の事なのだ。三上はこの春2年になり、1年後輩である藤代が高等部に上がり、また校内で顔をあわせることになるということは。ましてやサッカー部の練習ではすでに毎日のように顔をあわせて、いて。考えてみなくても、それはごく自然なことだった。
ただはっきりいえるのは、その瞬間なにか熱情のようなひどく胸を高鳴らせる感情が体の内を駆け抜けていって、その熱さに一瞬翻弄されたのだ。頭蓋骨のずっと奥から響いてくるような、低い耳鳴りがした。
それは、何かの始まりのようだった。いや、もしかしたらただの終わりであったのかもしれないけれど。
「先輩、おまたせ」
「…、」
その時不意に吹き抜けた一陣の風に、一瞬返答につまった三上をあざ笑うように舞い落ちてきた桜が視界をふさいだ。桃色の洪水に3度瞬きをしてようやく開いた視界の向こう、けれど藤代の背中は生徒の群れの中に風塵を残して掻き消えていた。
そうして手元に残ったのは、いつだってつかみ取れない余韻だった。
「…まってねえし」
拗ねるように人垣にむけて呟いた言葉に、傍らの友人が「ん?」と聞き返してきて、三上はなんでもねえ、とはき捨てた。
思えば高校時代の思い出は、そこから始まっている。1年の頃の思い出はまったくといっていい程覚えていないのだから、笑える話だ。
※性描写を含みますので、18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。
ねえ先輩、俺は多分もう引き返せないよ。
こうやって全身で拒絶する先輩の姿を眺める度、自制心では押さえきれないような欲望が体の中で渦を巻くんだ。
「ねむい。…お前、もう帰れ」
ベッドの上で布団に包まるようにして丸くなっている三上を見下ろして、藤代は小さく笑った。
「何いってるんすか」
白々しくそう言って伸ばした手の平には、さっきまで握り締めていた違う男の熱い感触がかすかに残っていた。知らないはずがない。先刻まで藤代が三上ではない他の男を抱いていたというその事実を、そういう空気のズレに敏感な三上が分からないはずがなかった。伸ばしたその手で三上の肩にさらりと触れると、まるで予想通りにピクリと反応をよこす。思わず微笑んで、故意に優しく触れた髪の毛の冷たさに、そうして少しだけ驚いてみせた。掴んだ一束の髪の毛を、間を置くようにゆっくりと梳くと水滴がポタポタとこぼれ、白いシーツの上に染みを作った。髪の毛の手入れは毎晩入念にする三上のことだ。髪がぬれたまま寝るなんてことは到底想像できなかった。おそらく、藤代の来意に気付いて咄嗟に布団にもぐりこんだのだろう。
「先輩、髪くらい乾かそうよ。風邪ひくよ」
藤代は揶揄するように呟くと、薄っぺらい羽毛布団の上に腰をおろした。見下ろした視線が、まるで非難するように目だけで見上げた三上の視線と合う。
ああ、この顔だ。この、眉を歪めて、俺を睨みつけるこの瞳。
いつだったか、もうひとりの男の名を思わず口にしてしまったあの時の、絶望に暮れるような彼の表情が、まるで脳裏に刻みついて離れない。眩暈がする。脳内にぶちまけれれた、溢れんばかりのアドレナリン。
ああ、ゾクゾクする。
「先輩、愛してる」
「っ…、ざけんな…!」
(そうか、やっぱり白々しいかな)
暴れる体を無理矢理広げて、何の前触れもなく性器をにぎると、三上の体がビクリと震えた。まだ柔らかいそれを手の中で乱雑に揉みながら、肌蹴た胸元に唇を寄せた。
でも、わかってほしい。傷つけたいわけではないのだ。ただ、三上を求めるそのやり方を、もう1人の男を愛するやり方でやるのはあまりに残酷だとそう思うんだ。そうだろう、同じように愛して、両方優劣つけられないなんて、あるはずがない。二人とも同じくらい愛している。ただ、愛し方の方向性が違うというそれだけのことなのだ。
(―――でもこの人には、わからないだろうなあ)
固くなりはじめた性器を手のひらと指先で弄びながら、必死に声を殺している三上の唇を空いたもう片方の手で割った。
「…うァ、やめ…、あァ…!」
もう遅いよ。
俺はこういうやり方で、あんたを愛してしまったんだ。もう引き返すことなんてできないよ。手放してだってあげやしない。例えばあの男のように優しく愛撫する事をあんたが求めるならば、それはもうただの二番煎じでしかないんだ。
これは、あんたにだけにあげる、世界で唯一の愛情なのだから。
三上の唾液で濡れた指先を見せ付けるように目前でベロリと舐めとって、まだ強張ったままのその場所に押し当てた。
そうして見上げた彼の苦痛に歪む顔と、悲鳴と、体の強張りに、ああ、これだ、――――快感に打ち振るえる。
秋雨は、まるで容赦なくそここにこびりついた夏の名残を洗い流す。
使い切れずに残った蚊取り線香、投げ出された団扇、外し忘れた風鈴、それから、蝉の死骸。庭に投げたスイカの種は、もうとうにどこかに消えてしまった。
開け放たれた縁側に、土砂降りの雨がばらばらと音を立てて打ち付けるその様子を、三上は畳に寝転んだままぼんやりと眺めていた。薄暗い室内は、三上の身体と闇の境界線を静かにぼかしている。
あの夏は、確かにここにあったのだろうか。
近頃はそれさえも、わからなくなっている。
不意に縁側の端に打ち捨てられていたはずの蝉の死骸を思い出して、三上は横たえていた体をゆっくりと起こした。そして億劫そうに腕の力だけでずるずると縁側まで這い出ると、雨に濡れる縁側を覗き込んだ。縁側の木にあたってはねた雫が、三上の黒い髪の毛を濡らしたけれど、彼は身じろぎもしない。
「…、いた」
久しぶりに発した言葉は、酷く掠れていた。三上はそれに舌打して、もう一度同じ言葉を口の中で言い直すと、縁側の隅で雨に濡れる蝉の死骸に手を伸ばした。
蝉の天下だった庭の音も、今ではすっかり虫の声に支配されていて。
その儚さに、言いようのない虚しさを感じる。
思えば、一体いつ藤代が自分の前から姿を消すのだろうかという恐怖が、まるで強迫観念になっていた最後の1週間だった。
『…三上さん』
藤代のものが自分の奥にずるずると入り込んでくるその熱さに、三上は詰めていた息を大きく吐き出して、そして、汗で張り付いた前髪をかきあげた。
『…あ?』
閉じていた目をゆっくりと開ける。思ったよりもすぐ側に藤代の表情があって、それに大きく瞬きを返した。
『なんで。最近、遠い目をしてる』
『べ、つ、に…』
責める様に見つめてくる藤代の視線から逃れるために、三上は汗ばんだ藤代の肩を強引に引き寄せた。そうしてごまかすように腰を揺らして、藤代の熱を誘う。藤代の息遣いの向こうに聞こえるコオロギの鳴き声が、行為に没頭しようとすればするほど、三上の心を苛んだ。
『くはっ…!』
前触れなく襲った左肩の痛みに、三上は思わず咽喉をヒクつかせた。その反応を楽しむような笑い声が耳元でして、じんじんするその痛みに三上はその無邪気な顔を睨みつけた。
『いってえっ…、んぁっ…!』
タイミングを見計らうように最奥を突かれて、三上は堪らず声をあげた。まるで貪りつくように重ねられた藤代の舌が、三上のその唇を割る。同時に錆びた鉄のような味が口内に広がって、溜まった唾液を咽喉の奥に押し流した。
そうしてやがて2人は早まる律動を超えて絶頂に達し、生ぬるい畳の上でこの果てのない絶望に呆然としたのだ。ふたりの間に横たわる濃艶の闇は、ただ絶望の闇だった。握り締めた藤代の手の平は、けれどひどく熱かったという、それだけのことを覚えている。
何時の間にか降り止んだ雨に、三上は自分が長いこと回想の中にいたことを知る。手にもっていた蝉の死骸を畳の上にそっと横たえて、立ち上がった。そうして縁側の下に乱暴に脱ぎ捨てられていた突っ掛けに足を滑り込ませると、雨で湿った不快な感触がして、けれど構わず砂利を踏んだ。
外し忘れた風鈴の音が、風にふかれて庭いっぱいのコオロギの音色に共鳴する。
踏みしめた石に映える陰に違和感を感じて、三上はふと立ち止まると空を見上げた。そうして目に入った、闇を照らす、その黄色い月明かりに目を細める。
―――そういえば、今日は中秋の名月だった。
再び降ろした視線の先。草履の形にできた、足の甲の日焼けが月明かりに照らされるのを見、それに押さえていたはずの感情が唐突に堰き上がってきて、嗚咽を洩らした。
たまらず首筋に這わせた手がザラザラとしたかさぶたに触れて、その場所にぐっと爪を立ててそれを剥ぎ取った。鋭い痛みは、けれど、胸から堰き上がって来た激しい感情に覆い隠される。
「藤代っ…!」
止めどない嗚咽が、溢れ、そして流れる。
この痛み、触れたあの体温、鉄の味、全ては確かにこの身体にやきついている。
確かに、あの泡沫の夢のような夏は、けれど確かに、ここにあったのだ。
……あったのだ。
止めどない嗚咽に、耳について不快だった風鈴とコオロギの音色が、きれいに掻き消される。
満月の明かりが、庭先に立ち尽くす三上の姿を照らしていた。
(了)
使い切れずに残った蚊取り線香、投げ出された団扇、外し忘れた風鈴、それから、蝉の死骸。庭に投げたスイカの種は、もうとうにどこかに消えてしまった。
開け放たれた縁側に、土砂降りの雨がばらばらと音を立てて打ち付けるその様子を、三上は畳に寝転んだままぼんやりと眺めていた。薄暗い室内は、三上の身体と闇の境界線を静かにぼかしている。
あの夏は、確かにここにあったのだろうか。
近頃はそれさえも、わからなくなっている。
不意に縁側の端に打ち捨てられていたはずの蝉の死骸を思い出して、三上は横たえていた体をゆっくりと起こした。そして億劫そうに腕の力だけでずるずると縁側まで這い出ると、雨に濡れる縁側を覗き込んだ。縁側の木にあたってはねた雫が、三上の黒い髪の毛を濡らしたけれど、彼は身じろぎもしない。
「…、いた」
久しぶりに発した言葉は、酷く掠れていた。三上はそれに舌打して、もう一度同じ言葉を口の中で言い直すと、縁側の隅で雨に濡れる蝉の死骸に手を伸ばした。
蝉の天下だった庭の音も、今ではすっかり虫の声に支配されていて。
その儚さに、言いようのない虚しさを感じる。
思えば、一体いつ藤代が自分の前から姿を消すのだろうかという恐怖が、まるで強迫観念になっていた最後の1週間だった。
『…三上さん』
藤代のものが自分の奥にずるずると入り込んでくるその熱さに、三上は詰めていた息を大きく吐き出して、そして、汗で張り付いた前髪をかきあげた。
『…あ?』
閉じていた目をゆっくりと開ける。思ったよりもすぐ側に藤代の表情があって、それに大きく瞬きを返した。
『なんで。最近、遠い目をしてる』
『べ、つ、に…』
責める様に見つめてくる藤代の視線から逃れるために、三上は汗ばんだ藤代の肩を強引に引き寄せた。そうしてごまかすように腰を揺らして、藤代の熱を誘う。藤代の息遣いの向こうに聞こえるコオロギの鳴き声が、行為に没頭しようとすればするほど、三上の心を苛んだ。
『くはっ…!』
前触れなく襲った左肩の痛みに、三上は思わず咽喉をヒクつかせた。その反応を楽しむような笑い声が耳元でして、じんじんするその痛みに三上はその無邪気な顔を睨みつけた。
『いってえっ…、んぁっ…!』
タイミングを見計らうように最奥を突かれて、三上は堪らず声をあげた。まるで貪りつくように重ねられた藤代の舌が、三上のその唇を割る。同時に錆びた鉄のような味が口内に広がって、溜まった唾液を咽喉の奥に押し流した。
そうしてやがて2人は早まる律動を超えて絶頂に達し、生ぬるい畳の上でこの果てのない絶望に呆然としたのだ。ふたりの間に横たわる濃艶の闇は、ただ絶望の闇だった。握り締めた藤代の手の平は、けれどひどく熱かったという、それだけのことを覚えている。
何時の間にか降り止んだ雨に、三上は自分が長いこと回想の中にいたことを知る。手にもっていた蝉の死骸を畳の上にそっと横たえて、立ち上がった。そうして縁側の下に乱暴に脱ぎ捨てられていた突っ掛けに足を滑り込ませると、雨で湿った不快な感触がして、けれど構わず砂利を踏んだ。
外し忘れた風鈴の音が、風にふかれて庭いっぱいのコオロギの音色に共鳴する。
踏みしめた石に映える陰に違和感を感じて、三上はふと立ち止まると空を見上げた。そうして目に入った、闇を照らす、その黄色い月明かりに目を細める。
―――そういえば、今日は中秋の名月だった。
再び降ろした視線の先。草履の形にできた、足の甲の日焼けが月明かりに照らされるのを見、それに押さえていたはずの感情が唐突に堰き上がってきて、嗚咽を洩らした。
たまらず首筋に這わせた手がザラザラとしたかさぶたに触れて、その場所にぐっと爪を立ててそれを剥ぎ取った。鋭い痛みは、けれど、胸から堰き上がって来た激しい感情に覆い隠される。
「藤代っ…!」
止めどない嗚咽が、溢れ、そして流れる。
この痛み、触れたあの体温、鉄の味、全ては確かにこの身体にやきついている。
確かに、あの泡沫の夢のような夏は、けれど確かに、ここにあったのだ。
……あったのだ。
止めどない嗚咽に、耳について不快だった風鈴とコオロギの音色が、きれいに掻き消される。
満月の明かりが、庭先に立ち尽くす三上の姿を照らしていた。
(了)