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藤代がくる、と聞いたのは、飲み会の始まる少し前だった。
武蔵森を卒業してから2年と少し。今も、高3の頃のサッカー部のメンバーとは定期的に会っている。ほとんどが大学に進んだから、毎回声をかければそれなりの人数が集まった。反面、高校卒業してプロになったやつや就職したやつらは、中々時間が合わず会えないままでいるのが実情といったところだった。だから、今回もいつもと同じメンバーがそろうものと安心していたのだ。
藤代と会うには、少し、ほんの少しだけ心の準備がいる。そして、できるならば、もう二度と会いたくないと思っていた。
「あれ、三上今日飲まなくねえ?」
向かいに座っていた近藤が、一向に減らないグラスを目ざとくみつけた。チッ、と内心舌打ちをする。
「明日練習あるから、おさえてんだよ」
何気なく言った言葉に、近藤が目を丸くする。
「お前そんなにストイックだっけ」
「あ~、しんどくなりたくないっていう、消極的な理由」
「こいつさあ、先輩に目つけられてんの」
違うところで話しに興じていたはずの根岸が、耳ざとく会話を聞きつけて割って入ってくる。根岸とは同じ大学の同じサッカー部に所属していて、この場の連中が食いつきそうなネタをいっぱい持っているから、手に負えない。うんざりした気持ちで、グラスの縁を舐めた。ビールの苦味が舌の先にしつこくまとわりついてきて、嫌な気分になる。なぜだか、今日は全然ビールがうまくない。
「なんもねえよ」
明らかに根岸が楽しんでいる様子なのが気に食わなくて、ぶっきらぼうに否定する。けれど、「なんもねえ」という三上の言葉など誰も聞いてないのだから、たいして意味はない。
いつの間にか「なんだなんだ」とそここの話を中断して、根岸の話に聞き耳をたてる姿勢が整っていて、苦い気持ちになる。このチームワークを2年前の国立で観たかったぜ。
「マネージャーに可愛い子がいてさあ、その子のこと先輩が狙ってたのに、実はその子は三上のことが好きだったってわけ」
おおー!なにー!?と口々にと盛り上がるメンバーをできるだけ見ないようにしながら、目の前のお皿に残っている焼きソバをつまむ。味が濃くて、ソースの味しかしない。
「写真ねーの?」
「あるある。……ほら、この子」
根岸が携帯を操作して、画面に写メを表示させる。なんでお前が持ってんだよ、と写メを横目でみながら、心の中で悪態をつく。口に出しても、どうせ無視されるか、からかわれるだけだ。
「うそだろ、ちょう好み!三上のくせに・・・!」
近藤が絶望した声を上げた。三上のくせにってなんだ、くせにって。もう、ヤケクソになる。
「あっちが勝手に好きって言ってんだろ、俺は関係ねえよ」
「きゃー、三上くんかっこいい!硬派!」
「しねっ」
言わんこっちゃない。いつの間にか隣にやってきていた中西が気持ち悪いことを言うので、これまでの鬱憤をこめて殴ってやった。ざまあみろ。
「まあそんなわけで、三上の態度がこんななもんで逆恨みを買ってしまって、練習ではかわいそうなことに相当しごかれるんだよね」
「かわいそうな顔してねーよ、明らかに喜んでるだろ」
「だって!俺だってムカつくもん!!!」
「お前もかよ!」
こうやって騒いだり喋ったりしている間中も、実のところ、意識の半分は左側の方に囚われていた。飲み会の間中ずっと、左斜め向かい側を見ないようにしていた。少しだけの心の準備が、できていなかったからだ。
「藤代!?」
突然、左斜め向かい側で人が立ち上がる気配がした。驚いた笠井の声がする。思わず、条件反射でそちらを見てしまう。
しまった、と思ったのは、こちらを挑むように見下ろす藤代と目が合ってしまったときだ。そのまま、俺にだけわかるように、視線をトイレの方に向けた。生唾を飲み込んだ。気圧されて、無意識に頷いてしまう。
「ごめん、ちょっとトイレ行きたくなっちゃった」
打って変わったようにへらへらと笑いながら、藤代は席を立った。
去っていく藤代の背中に、困惑した視線を向ける。なんだ、あいつ、なんで怒ってるんだ・・・?ていうか、え・・・?
そこでようやく先刻のやりとりの意味に気づいて、はっとした。つまり、トイレに来い、ということだ。そして、三上は、不本意ながらもそれに同意してしまった。 まてまてまて、二人っきりでとか無理です。無理だよ心の準備できてねえよ、だったら最初から普通に無視しないで話してればよかったよ、あ、そうか、無視してたのに怒ってんのか?謝るから戻ってきてくれ、おい、藤代!
願いを込めるように藤代が消えて言ったトイレの方向を見たけれど、誰かが戻ってくる気配など微塵もしなかった。
(・・・落ち着け、落ち着け、俺。何びびってんだ、俺は先輩だぞ。)
深呼吸ひとつ、さっきから一向に減らないビールを、ぐっと一気に喉に流し込んだ。あまり満たされていなかった胃に、アルコールが回る。
行きたくないという思いがイスに体を縛り付けるのを、無理やり引き剥がし立ち上がった。
無視していたのを気づかれてしまったのなら、それは謝るべきだ。
自分に対する言い訳を呟いて、藤代の後を追った。
正直なところ、思っていたほどに、ショックではなかったのだ。逆に、周りの気の使いように戸惑うくらい。だって、こういう事は、昔から何度もあったことで、今に始まったことではないのだ。そして、これで全てが終わりでないことはわかっていたし、信じてもいた。
---俺は、東京選抜に、落ちた。
もう何度目になるか、胸の中でその事実を反芻する。回数を追うごとに、悔しさは少しづつ後退して、代わりに胸を満たすのは、苦しさとやるせなさ。そしてこれを解消させる方法は、ひとつしかないこともわかっていた。
「…っし、練習すっか」
呟いて、立ち上がる。
生暖かい風が、柔らかく南東の方角からふいている。
風に乱れた髪をかき上げながら、思わずぎょっとした。一瞬、返ってくる返答を、無意識に待っていた自分に気づいて。
「…最悪だ」
…こんな時に、あいつのことを思い出すなんて。
返答は、返ってなどこない。だって、あいつは、藤代は、ここにはいないのだから。選抜の発表以来、藤代とはまともに会話をかわしていない。避けられている、といった方が正しいかもしれない。
あー、くそっ、ムカムカする。
こんな時だからこそ、藤代に会いたいと思ってしまう自分に、ムカムカする。
◇
ふと、宿題のプリントから顔をあげると、笠井は思い出したように言った。
「三上先輩、大丈夫なのかなあ?」
「へ?なんのこと?」
藤代は、さっきから一問目で止まったままのペンを放った。
「最近、先輩元気ないじゃん。元気ないっていうか、根詰めてるっていうか…、選抜からさ」
「あ~…だいじょーぶじゃん?」
興味なさそうに言ったら、笠井があきれた顔でため息をついた。
三上先輩って、人気者。色んな人に心配されてて。でもたしかに、先輩がいないと部活もなんかやる気でないかも。
…でも、三上先輩は大丈夫。心の中で、補足する。
心配しなくても、ひとりで解決して、ひとりで立ち上がって、前を向く強い人だから。俺が何かをする必要なんて、多分ぜんぜんない。だから、俺さ、
「待ってんだよね」
笠井が、カタンとペンを置く音で我に返った。
「…あ、今、声出してた?」
どこかうんざりした顔で、笠井がうなずく。
「何を待ってるかは聞かないけど、早くプリントやりなよ」
「あーーー、三上先輩に会いたい!」
「人の話聞いてる?ていうか、会ってるじゃん毎日」
「会ってない。最近会わないようにしてた」
「…ふうん」
多分、あともう少し。あともう少しで、あの人は自信を取り戻す。
「会いたいよー」
「うるさい」
「っせーな、追試だバカ。早く部活いけ、俺は今必死に勉強している」
「まじっすか、だっせーっすね!」
「…おい、殺されてーのか」
「追試何科目ですか?俺がみてあげましょうか?」
「殺されてーんだな。よしわかった、後で俺の部屋来い」
「ギブギブ!うそですって!!!」
「つか、てめえは追試ねーのかよ?馬鹿なのに…」
「ないですよー。1年の時に先輩に言われて以来一回もない!すごくないすごくない?」
「…俺に言われて?」
「え、先輩覚えてないんですか?」
「何を?」
「えーショックだなー俺あれから頑張ってたのにー。1年の時に追試があって、その時先輩に勉強みてもらったじゃないっすか」
「あー、そんなこともあった…あったか?」
***
~遡ること1年くらい前~
「ふざけんな、何で俺がおめーの勉強なんか…、何ができねーの?」
「国語と数学と英語と理科と社会です!」
「全部じゃねーか!!!!」
「保健体育は大丈夫でした!」
「自慢気に言うな!!!!」
「へへ…」
「てか、監督に怒られるんじゃねーの?」
「すでに怒られました」
「だろーね。…お前さ、勉強してねえだろ」
「試験勉強?しましたよ、試験前に10分くらい」
「そういうの勉強っていわねーの。一日前にやるくらいで大分違うから、ちゃんとやれ。追試で時間取られて練習できなくなったら、サッカーにかかわるんだぞ」
「そっかー。でも俺馬鹿だし」
「ばーか、お前はやればできるんだから、とりあえずやれ」
***
「…て、先輩に言われてジーンときたんすよ、俺!」
「…そうか。なんか、過去の自分が言った言葉が胸に刺さるな…」
「今から追試ですもんね~、あんなにえらそうに言ってたのに!」
「おい、…俺を苛めて楽しいか…?」
「はい」
「………」
「あ、うそですって、イジけないでくださいよ!大丈夫です、先輩はやればできる!」
「なんかすっげえ腹立たしいんですけど…!?」
だけど確かに、ここは藤代がイタリアに渡ってから、初めて帰ってくる日本だった。
足早に空港のゲートをくぐったところで新聞やら雑誌やらの報道陣につかまって、内心ひどくうんざりする。長時間のフライトで体が疲れている上に、聞かれるのは痛いことばかりだ。
調子が悪いのは、俺が一番わかってる。
内心の反論を飲み込みこんで、笑いながら目を逸らした。
その時みつけた見慣れた―――けれど1年ぶりの、―――顔に馬鹿みたいにテンションがあがった。
「ざまあみろ」
振り切るようにしてマスコミから逃げ出してきた俺に、三上先輩は馬鹿にしたような口調で開口一番そういった。例えば涙涙の感動的な再会を、期待していたわけではないけれど。なんかせめてもう少し、あるんじゃない?
ひどく肩透かしを食らった感じがして、思わず絶句した。これじゃあまるで、昨日今日あったばかりのようじゃないか。
「先輩、」
「いくぞ」
言うなりもう背を向けて歩き出した三上に、いい加減むっとした。
「どこへ」
「腹へってんだろ?お前が機内食なんて食うわけねえし」
好きなもんおごってやる、とつなげられて、俺は少しだけ機嫌を直した。
「ほんとに?でも、お金は俺の方が持ってると思うよ?」
「じゃあおごって」
追いついた肩ごしに憎まれ口をたたくと、振り向いた顔に得たり、とばかりに笑われて、急にどうしようもなくなった。
三上先輩が、いる。手の届く場所に。昨日までは、もう一生会えないかもしれないとさえ思っていた。
「おわっ、おまっ、くっつくな!」
慣れた手つきでハンドルを回す三上を横目で見ながら、ようやく息をついた。車は、空港を出て高速道路に滑り込む。夕暮れの近づく空の下、太陽が沈む方向へ向かって車はスピードをあげた。
「…みんな、元気ですか」
話したいことはいっぱいあるはずだったのに、いざ話そうとすれば何もでてこないことにびっくりする。とりあえず、何も考えないで口から出てくる言葉にまかせることにした。
「あ~、うん、ここんとこ忙しいからあんま会ってねえけどな。笠井は元気。同じ大学だし。…ていうか、おまえ俺だけじゃなくて、他の奴らにも連絡とってねえの?」
「…先輩が嫉妬するかと思って」
「ハイハイヨカッタネー」
「先輩、こないかと思った」
何の音もない車内に、一瞬だけ静寂が落ちる。
自分でも勝手すぎると思う。だって、1年間の間、一度も、「来週かえる」という連絡を除いては、メールだってしなかったのだ。
「…、嘘つけ」
前を向いたまま、三上はうんざりした顔で言った。俺はばれないように、口許でこっそり笑う。
「あ~あ、ばれてたか。三上先輩は、絶対くる、と思ってました」
「お前ほんと…くそムカつく。あああああ、そうだ、その顔みたらまず最初に張り倒してやろうと思ってたんだよ!!!」
「ちょ、安全運転安全運転」
ぐん、と自棄になってアクセルを踏んだ三上を、言葉とは裏腹に囃し立てるようにして笑った。
「三上先輩…俺、」
「ストップ。弱音?愚痴?俺はどっちもきかねえぞ」
「なんで!?」
「めんどくせえから」
「……」
「つうか第一、お前もうすぐ調子よくなんじゃん。意味のない愚痴は聞きたくない」
「はあ!?なにそれ三上先輩いつから預言者に?」
「アホ、予言じゃねーよ。お前が今不調なのは身体が原因なんじゃなくて、メンタルだろ。新しい環境とかお前嘘みたいに弱えじゃん。みんなに連絡しようとしなかったのもそれだろ。余裕ありそうに見えて余裕ないのが得意芸じゃねえか」
「え、そうなの!?」
「そうなの、って、えええええ?お前ほんと馬鹿じゃねえの?びっくりするわ!武蔵森んときも最初はぜんぜん調子わるかっただろ」
そして、間を空けるようにしてその後ポツリといったその言葉に、俺は、なぜだろう、ひどく興奮した。
「…連絡、くれなかったのも余裕がなかったせいだろ」
赤いテールランプの続く首都高を眺めながら、俺は湧き上がる衝動を抑えて、静かに言った。
「三上先輩、」
「やだ」
「…最後まで言ってないんですけど」
「やだ」
「先輩、そういうの、ツンデレっていうらしいですよ」
次の瞬間真っ赤になって怒りだす先輩を笑いながら、俺はやっぱりこの人がどうしようもなく好きだ、と思ってしまった。なぜだかそれはちょっとだけ、悔しかった。
※性描写を含みますので、18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。