まさにジャンク 藤三 忍者ブログ
夢とホモ入り乱れて完全に好き勝手お送りしています。
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立ちのぼる一筋の煙の向こうで、蚊取り線香の匂いは嫌いだ、と顔をしかめて呟く藤代に笑った。

「おまえは蚊と同類だかんな、仕方なし。死んでしまえ」
「え、どこが!俺は別に血とか吸わないし~」
「よく言うぜ、やたらと噛み付いてくるのはどこのどいつだ」
三上は呆れた顔をすると、自分の首に手を当てて昨晩できたばかりの真新しい傷をソロリとなでた。
扇風機の微風が、少しのびすぎた髪の毛をやわらかくさらっていく。
「それを言うなら先輩は猫っすねー」
「…はあ?」
「だってやたらと爪でひっか…」
「はいはいはい、お喋りしてないで早くスイカ食べてくださいね~、冷めるよ!」
「…最初から冷めてるし。ていうか背中ヒリヒリするんだよね、先輩のせいでさ~あ」
「あらあらそれは大変。蚊取り線香の煙ねりこんでやりましょうか」

カラン―――

不意に、微かな音。
麦茶で満たされたグラスの中で、浮かんだ氷が不安げに揺れた。
2人無造作に腰かけた縁側に、透き通った音が響く。
目の前の竹林が静かにざわめくその音と、玄関脇に植えられた大木から聞こえてくる蝉の鳴き声がそれに共鳴する。

その時塀の向こうで、軋んだブレーキ音をたててバイクがガタン、と止まる気配がした。三上は反射的に傍らの藤代を振り返った。
気だるい空間に、ほんの小さな緊張感がわりこむ。
間髪おかず、玄関の方で物音と大きく家主の名を呼ぶ声が聞こえて、三上は藤代と目を合わせたまま肩をすくませた。
再び反応のない家に向かって張り上げる声が聞こえ、多分千葉の叔母からの荷物が届いたのだろう、と家主であるはずの三上はまるで他人事の様に思った。

そうして再び諦めたようなエンジン音が遠くに消えると、縁側の世界は何ごともなかったように平穏を取り戻した。

「そろそろ昼飯でもくうか」
「ん~」
「俺天丼。お前は」
「カキ氷」
「天丼ね、電話してくるわ」

藤代の返事を待たずに立ち上がって、浴衣の裾を慣らす。
けれど背を向けた庭の向こうで、夏の音色の中にふと小さな違和感を感じて、三上は出しかけた足をとめた。

竹林のざわめき、蝉の声、風鈴、扇風機、その合い間に聞こえる、これは―――、

コオロギの、鳴き声。

三上は首筋の傷にそっと手を触れた。
傷跡に爪をたてれば、鈍い痛みが麻痺しかけた脳を刺激する。
そうして、ゆっくりと、しかし確実に忍び寄るその足音に、忘れていた絶望を思い出す。


夏も、終わりに近づいていた。


泡沫の夢のような、この夏も。



(了)
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「先輩、空飛びたいと思いません?」
「思いません」

ちぇ、と口を尖らせてからぐっと上体を反らせ空を仰ぐ藤代を横目で見て、三上も同じように空を見上げた。広がるのは青い、そして少しくすんだスカイブルー。
「あ~、空飛びたい」
傍らで呟かれた、少し悔しさが滲んだその言葉に三上は思わず視線を戻した。けれど藤代は何事もなかったようにただひたすら空を見上げている。初めて飛行機を見た少年のような、真っ直ぐな瞳のそのむこうに広がるのは、自分の目にうつる空と同じ色なのだろうか。ふとそんな疑問が浮かんで、思わず口にしかけて馬鹿馬鹿しいと思いなおした。けれど開きかけた口がなんとなく落ち着かなくて、思ってもいない言葉を代わりに呟く。

「飛べんじゃねえの、いつか」

そして次の瞬間、藤代が少し驚いた顔で振り向くのだ。

なんでもない日常の、なんでもない思い出。いつの出来事だったかなんて、もうとうに忘れてしまった。けれど空を見上げればいつも思い出されるのはあの時の、スカイブルーと藤代の顔で。それが何故なのだろうとか、考えたことはなかった。
けれど今、たった今、それが分かった気が、して。
「…うそだろ…、」
呆然と見下ろした視線の先、蛍光灯の光に反射しててらてらと光る見知った顔が、満面の笑顔で自分を見返している。見知った顔。ただ一点違うのは、この笑顔が、その他大勢の人にむけられた表情だ、というそれだけのこと。
雑誌の記事を目で追えば、藤代が来期からスペインのクラブチームに移籍すること、それから、
「…先輩、ごめん」
抑揚のない、ただ癇に障るだけの声が耳の奥に響いた。それはあまりにもいつもの、そういつもすぎる声音でそれがよけいに焦燥感をつのらせる。背中あわせのソファに、背中あわせに座った相手の表情がわからないのがせめてもの救いだった。この動揺を藤代にみせるのはプライドが許さない、と崩れ落ちそうな理性を辛うじて繋ぎとめる。
「…なに…が」
全身全霊の力を込めて平静を装って発したはずの声は、語尾が掠れた。加えて、小さく笑う藤代の気配。
(―――死ね)
押し込められない感情が、肩をふるわせる。握り締めた拳は、もうとうに限界を超えていた。
わかっては、いた。いつかこういう時がくるのだろうと。


------
続く(?)
 


木の枝から落下した大粒の雫がひとつ、ビニール傘に当って弾けた。それに反応するように触れ合った肩がうれしそうに跳ねて、その拍子に掲げた傘が前後にふれる。三上は降りかかる水しぶきに眉を寄せながら、
「ガキかっつーの」
小さく舌打ちを返した。そして少しだけ上方にある頭を見上げるのが癪で、黒く湿ったアスファルトに目を落とす。
「雨の音っていいじゃないっすか。俺はスキ」
「あっそ」
興味のない声音で呟き返せば、抗議のように肩をぶつけられる。それに傘の外に追い出すような勢いでやり返して、けれど全くびくりともしない身体にある種の殺意を覚えて、地面に落としたままだった視線を藤代にむけた。しかし威圧する予定で睨んだ相手はひるむどころか逆にそれを楽しんでさえいるような笑みをよこして来て。そこでようやく、さっきから懸命に視線をそらそうとしていた努力が水の泡になってしまった事に気付いて、三上は悔し紛れにアスファルトを思いっきり蹴り飛ばした。その勢いで跳ねた水音が、降り続く雨のむこうに響いて吸い込まれるように消えていった。その音に互いに耳を澄ますような間をおいて、一瞬シンとする。地面を打つ雨の音とは一転、気まずくなった傘の下の空気をかき消すように、藤代が大げさに肩をすくめてみせた。三上はそれを横目でみて、渾身の力をこめてもう一度だけ睨みつける。けれど返されたのは、ビニール傘の下でくぐもった笑い声と、
「もう少し傘、高くあげて?」
追い討ちのように諭すような口調で。三上は掲げた手を要求とはてんで逆の方向に動かした。



 

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