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「・・・っ!」
どこか楽しそうに笑う声が、気に障る。
引き寄せられた三上の胸にそっと顔を埋めようとして、それを見つけた。鎖骨のあたりに浮かぶ、みみずばれのような赤く生々しい傷を。
伸ばした指先で薄く傷口をなぞると、三上がびくりと震えた。
「…あいつの話なんてすんじゃねえよ」
おちてきた言葉には、渋沢を咎めるような乱暴な響きがあった。けれど、それを喋る三上の目は傷ついたような哀しい目をしてるのだということを、渋沢は知っている。
「すまん」
「…いや、ごめん」
なんでお前があやまるんだよ、と笑うと、三上が頭を抱いた手で髪をすいて、もう一度ごめんと言った。
「だから、」
多分言っても無駄だから、それをとがめる代わりに苦笑をおとす。こうしてふたりでいる時、三上はいつも謝ってばかりだ。
でも、まあ確かに。三上が悪いといえば悪いのだ。なんて口には死んでも出せないけれど。
目を開いたまま、三上の肩口に頭を押し付ける。そうすると視界の傷は消えて、けれど代わりに三上の身体に無数に散らばった傷が、頭の中に浮かびあがってくる。こうして抱かれれば、三上の身体に刻み付けられた傷痕を、みないわけにはいかないのに。目に入ってしまえば、考えずにはいられないのに。
それをつけた、誠一先輩のことを。
三上、気づいてるのか?あの人は、おまえにだけ傷をのこすってこと。まるでおまえを、自分のものだと主張するように。
優しく触れる以外のあの人を、俺は知らないのだ。
どこかで三上がうらやましい、と思う自分がいたたまれない。
傷口をなぞって三上が震えるのは、快感ゆえではなくおそらく恐怖だ。
「しぶさわ?」
心の中の背徳感をぬぐいたくて、のぞきこまれた顔に口をよせる。応える三上の唇が優しくて、後ろめたさが余計につのる。
ごめん、と無意識に呟いて、我知らず苦笑した。
「…しぶさわ?」
神様のイタズラなんてものがあるとしたら、俺は多分、神様を一生恨むと思う。
三上は、携帯電話が手のひらからすべりおちるのを、指先でかろうじて食い止めた。
そうして、考えるのを放棄したがっている思考を無理やり回転させて、次に言うべき言葉を探す。
「・・・理由話して、このファミレスに置いておいてもらうから、後で取りに来い」
なんとか搾り出すように言い切って、そのことに三上はほっとした。
心臓が、ひどい。最近はトレーニングのおかげで大分スタミナがついて、試合にフルで出てもこんなに心臓がバクバクなることなんてないっつうのに。
動揺している。わかってる、俺は明らかに動揺している。だけど、だからなんだっていうんだ?この動揺がおさまる術があるなら、誰か教えてほしい。
もう一生会わないと、泥を吐くような思いで別れた片思いの相手に、偶然、電話で話すことになってしまったこの状況をどうやって切り抜ければいいのですか、と。
「いいな?じゃあ、・・・きるぞ?」
『・・・・・・』
沈黙してしまった電話の向こう側の相手に、けれどこっちも相手のことを思いやってやれる余裕なんてものあるはずない。とりあえず最善の策は、一刻も早く電話を切ることだとそう思って、三上は念を押した後に通話終了のボタンに親指をかけた。
『・・・っ、待て!』
◇◇◇
待ち合わせに、少し路地を入ったところにある薄暗い喫茶店を選んだのは、どこか後ろめたい気分があったからだというのは正しい。
渋沢が喫茶店に入ってきたとき、顔を見るまでもなくそれが渋沢だとわかった。渋沢が店内を見回してこちらに歩いてくるまでの間、三上はずっと、渋沢の顔を見ようとしなかった。
多分、怖かったのだ。
あの頃と何も変わっていない渋沢を見るのは。
あの、最後にさよならを告げた、高校3年生の卒業式のときから。いつまでもあのころの思い出に縛られているのは自分自身なのだと、そう再確認させられるのが怖かった。
何も、変わっていない。
ゆっくりと椅子をひいて、一度ためらうような間を置いてから腰を落とすその癖も。
なにも、かわっていない。
そして、渋沢は最初の一言を、こういうのだろう。
『三上』
「三上」
渋沢が、まるで三上の中の想像の音をなぞる様に反復した。
三上はテーブルの中央に置かれた砂糖を凝視しながら、手の中のグラスを握り締めた。あえて返事を返さなかったわけではない。ちがう、かえせなかったのだ。まるで張り付いてしまったかのように動かない唇を舌で湿らせながら、三上は小さく頷いた。
何もかも、あの頃とはかわっていない。
ただ、時が過ぎただけなのだ。
なにも、かわっていない。俺も、おまえも。
そして、渋沢は次の一言を、こういうのだろう。
『元気そうだな』
「会いたかった」
ほら……
「は?」
思わず上げた視線の向こうに、したり顔で笑う渋沢が、いた。
10月。
日が落ちるのが早くなった。
時計の針が指す時間と窓の外の景色が少しずれている事に、それを実感する。
電気をいまだつけないままの大教室は、妙にひっそりとしていた。外灯の光源が微かに届いて、窓にうっすらと光を反射させている。そこから階段にこぼれたこころもとない光が、段階的な闇を作る。そして最後に廊下の電気が、ドアの隙間から漏れてすっと暗闇の中にのびていた。
あとは、まったくの闇だった。
三上は、窓の下。しゃがみこんだ姿勢で、同じように床に座り込んで壁を背にしている渋沢を見る。向かい合った姿勢。窓から差し込むわずかな光が、渋沢の表情に深い濃艶を描いている。三上がゆっくりと手を伸ばすと、渋沢は少し困ったような表情で顔をゆがめた。
「…授業なんだが」
「へえ」
「…三上」
「うっせえな、知ってるっつの」
「なら…」
「サボれ」
「もうすぐ試験なんだが…」
「知らねえよ」
事実、知ったことかと思う。第一、渋沢が単位を落とすなんてことはあるはずがないのだ。落とすということの方が驚きに値する。それにあの授業に至っては、単位を落とすことなんて有り得ないのだ。その辺を渋沢は理解していない。
三上は伸ばした手のひらを、渋沢の傍らにある壁に這わす。そうしてひんやりとした他人行儀な冷たさを片方の手に感じながら、もう一方の手で渋沢の首筋に触れた。対照的な二つの温度が、三上をどこか興奮させる。渋沢が、三上、と警告を発するような鋭さでいう。三上は当然のようにそれを無視して、わざと緩慢な動作で渋沢の胸元を撫でる。そしてするりとその手をシャツの中に滑り込ませ、壁についていた方の手でボタンを外す。ひどく性急に。そうやって彼の上半身が露になるその時まで、渋沢は滑稽なほどおとなしく、従順に為すがままにされている。
不意に三上は、思い立ったように渋沢からさっと手を離す。渋沢はそれに不思議そうな、けれど同時に何かを乞うような表情で顔をあげる。三上はふっと笑って、
「授業行くんじゃねえの?いけば」
突き放すように言う。渋沢はあからさまに顔を歪めて、三上を見返す。このまま本当に放っておいたら、どうなるだろうか。わずかに芽生えた好奇心は、けれどすぐにかき消された。ほのかな光に照らされた渋沢の表情は、体の奥に眠っている欲望を妙に貪欲に呼び覚ます。三上はゆっくりと唾を飲み込んだ。
「なあ、しぶさわ」
いくんじゃねえの。まるで意味を成さない言葉を発しながら、三上は再び渋沢の胸に手を伸ばす。手のひらで乱雑に撫でてから、その場所を親指と人差し指で摘み上げると、渋沢は素直な反応をよこす。
「ああ、イくのか?」
手のひらと指の先でもてあそびながらクックと笑ってやると、ひどく真面目に睨み返される。
なあ、だってお前、あの教授は多分お前のことそういう目で見てるんだぜ。俺だって相手が女ならば構わないんだ、なあ、そうだろう。でも、最低なことに男なんだ。相手は男で、しかも教授だ。お前そういうのに、弱いじゃねえか。
隣の教室から、マイクを通した低い声がかすかに聞こえてくる。
なあ、お前の声、あいつに聞かせてやろうじゃねえか。
三上は渋沢に見せ付けるように唇をゆっくりと舌で湿らしてから、渋沢の胸に顔をうずめ、たちあがったそれを口に含んだ。
※性描写を含みますので、18歳以下の方の閲覧はご遠慮ください。
いつだってそれは、単なる耐久合戦だった。
室内は異様に暑かった。エアコンがカラカラと他人事のような音を断続的に発している。素肌に触れる空気は明らかに乾燥していた。なのに肺に入ってくるそれは細胞のひとつひとつに絡みつくような濃厚な純度で、妙にねっとりとしていた。相乗して舌が濡れる。喉の渇きを潤すためにごくり、と無意識に口内にたまった唾液を飲み込んだけれど、渇きは満たされるどころか一層ひどくなった。室内に滞った汚れた空気が、体にまとわりついて離れない。汗が肌を伝い落ちる。
(…、気持ちわる)
冷静に取り憑かれていた吐息が、耳元で僅かに乱れるのを三上は確かに聞いて、閉じていた目を開けた。
「おいおい、まさかもうギブじゃねえよな?」
「…ん、なわけっ、…ぅ」
壁とベッドの背の間に押しやられ苦しそうに揺れる肩を見下ろして、三上はわざと見下すような笑みを浮かべた。
(あと、すこし)
息苦しいほどの熱と、屈したくなるような渇きと。
熱が思考を食いつくす。渇きが理性を吹き飛ばして、欲望を呼び覚ます。そのギリギリのせめぎ合いの内に、どちらか先に陥落した方が負けという、それはごくシンプルなゲームだった。
わざと緩慢な動作で渋沢の性器を撫でると、追いすがるようにに腰が震えた。けれどすぐにひかれた腰に、簡単には陥落しないという暗黙のメッセージを読み取って、三上は目を細めた。そうそう、諦めは悪いくらいじゃないとつまんねえからな。茶化すように呟くと、潤んだ瞳がにらみあげてきて、その憎しみが存分にこめられた視線に体の奥からこぼれだすような震えが沸き起こった。三上はそうと悟られないように、小さく息をつく。
「おいおい、今日は甲斐性なさすぎるんじゃねえの」
「…っ、」
筋に沿ってつつつ、と指の腹を擦り付ける。渋沢がこの部分だけではイけないということは百も承知だった。だからこそ、柔らかく丹念に、射精を促すような強引さでもってなであげた。そして思い出したように先端に息をふきかけると、瞬間渋沢の体がビクリと緊張した。
「早く負けました、っていえよ。したらお前の好きなところいじってやるから」
なあ、最後はまるで哀願のようになってしまった自分に舌打ちした。