まさにジャンク 誠一攻め 忍者ブログ
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ただ、先輩から、目をそらせないでいた。

崩れ落ちる武蔵森ナインを背景に、帽子のつばに右手をぐっと添えて、ただ微動だにせずマウンドに立ちすくむ、藤代先輩の、その姿から。

甲子園、2回戦まで進んだ武蔵森学園。
6対4、2点リードでむかえた9回裏相手校の攻撃は、それまで押さえ込まれていた強打打線が爆発して、ヒットの連続に極めつけはスリーランホームラン。
終わりはひどく、あっけなかった。
勝利の予感に沸き立っていた武蔵森の応援スタンドは、潮がひいたように静まりかえった。

「渋沢?」
不意に左隣の空気が動く気配がして、三上はマウンドに向けていた目を素早く戻した。さっきまで隣で声を枯らしていたはずの渋沢が、早くも持ち場を離れ応援スタンド横の階段を上りかけているのを認めて、三上は慌ててそれを追いかけて近づくと強引に腕を掴んだ。
「…どこいくんだよ」
「…三上」
一瞬驚いて振り向いた渋沢の顔が、三上を視界に捕えて微かに歪む。その反応に不快感を感じて、三上はもう一度押し殺した声で繰り返した。
「どこいくんだよ」
同時に咎めるように睨みつける。しかし渋沢はそれには答えず、やんわりと合った目線をはずすと、三上を飛び越えた向こう側に視線をおくった。その場違いな程にのんびりとした反応に苛立ちを覚え、三上はもう一度口を開きかけて、けれど寸前で渋沢の意図するところに気付いてぐっと唇を噛み締めた。背後のマウンドを振り返る。そうして渋沢の視線を辿ってみれば、案の定それは一直線にマウンドに立ちすくむ、1人の人間に注がれていて。
三上は、汗でぐしょぐしょになった拳をにぎりしめた。液体が、薄い皮膚を伝っていく感覚がする。
「お前が行って、何になるってんだよ」
三上は叫びすぎてすでに枯れかけた喉の奥から、搾り出すように声を発した。
…同じピッチにいない、俺たちがあの人の何をわかるというんだ。
あの人はもう、俺達と同じ場所にはいない。
同じ悔しさを、味わうことなどもうできないのだ。あの人がああやってあそこに立ち続ける限り、俺らは、もう。

真夏の太陽の容赦ない光線が、首の裏側をジリジリと照りつける。相手校の校歌が、異様に静まり返ったスタンドを素通りしていく。

渋沢の手が、彼の腕を掴んでいた三上の手をやんわりと解いた。それからうつむいた三上の肩を無言で一度叩くと、そのままスタンドの階段を振り向きもせずに駆け上がっていった。
三上はその場に立ち尽くし、絶望が心を満たしてそのまま崩れ落ちそうになるのを懸命に堪える。

あの、マウンドでひとり、誰に身体をあずけるでもなく、ただキャップを深くかぶって、微動だにせずにたたずんでいるあの人に、他人に踏み込まれることを何よりも嫌うあの人に、肩を貸せる人間といったらそれはあいつしかいないのだ。
わかってはいた事実に、けれど信じたくはなかった事実に、泣きそうになった。

自分があの人の眼中にないことくらい、わかって……、いた。

ただ、あまりにも憧れすぎたあの人が、自分と同じ舞台にはもういないのだと気付かされた、その一事がたまらないほど悔しかった。認められるほどの才能など持ち合わせていない、自分にとっての、ただひとつの誇れるべき共通点だったのだ。

サッカーをやっている、というその事のみが。

でも、あの人はもう、フィールドにはいない。

 

 

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